1875年にドイツの細菌学者ベッチャーが人の胃に存在しているらせん状の細菌を発見しました。
顕微鏡で観察した結果がヘリコバクター・ピロリ菌の最初の報告であると言われていますが、正式な記録は残っていません。
1892年にはイタリアの研究者ギユリロ・ビゾゼロが、犬の胃に生息する細菌について著した文献を発表しました。
1896年にはサロモンが動物の胃内に存在する細菌を、ネズミなどの他の肉食動物に感染させることに成功しました。
その細菌がらせん状の形態をしたグラム陰性の真正細菌のスピロヘータであるいう記載が残っています。
1899年にポーランドの研究者ウォーレリー・ジャワスキーが人の胃からグラム陰性桿菌と共にらせん菌を見つけました。
彼はこの菌を「ビブリオ・ルギュラー」と名付け、胃疾患との関連性をポーランド語で書かれた著書の中で提唱しました。
1906年にケリネッツを中心とした研究者らが、胃癌患者の胃粘膜にらせん菌がいることを発見しました。
当時は細菌学の技術が十分に発達していなかったため、研究ではらせん菌の培養に成功しませんでした。
1920年代には研究者ラックの専門グループが、胃粘膜に尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解する酵素であるウレアーゼが活性化されていることを発見しました。
しかし、粘膜上皮からウレアーゼを分離することに成功しなかったため、細菌ではなく胃粘膜自体がウレアーゼを分泌していると考えるようになります。
1938年にドエンゲスが霊長類の胃からスピロヘータに近いらせん菌を分離し、このらせん菌を胃炎と診断した人の胃からも発見しています。
1940年代にフリードバーグとバーロンは、胃を切除した標本の37%の症例にらせん菌が存在することを報告しました。そのらせん菌は3種類とされています。
このように胃の中の細菌と胃疾患との関連に医学研究者の関心が興味が徐々に高まっていった一方で、この説に対して異を唱える研究者も次第に増えていきます。
ある細菌がある病気の原因であると決定するためには、細菌学の先駆者といわれるロベルト・コッホが提言した「コッホの4原則」に順ずる必要があります。
1 病気を発症している患者の全てにその細菌がいる
2 他の病気の患者にはその細菌がいない
3 その細菌を投与すると同じ病気が発症する
4 病気を引き起こした患者から同じ細菌が証明できる
アメリカの病理学者で消化器病学の大家であったエディ・パルマーが、1,000を超える胃の生検標本について検討した結果、らせん菌が発見できなかったと報告しました。
この報告によって、それまで報告されてきたらせん菌は、一種の雑菌混入によるものだったのではないかという考えが主流になり、一部の医学研究者を除いて、胃の中の細菌に対する研究者の関心は薄れていきました。
強酸性の胃の中には全ての菌が死滅するわけではないものの、生命にとって劣悪な環境のために細菌は生息できないという結論が有力となったのです。
20年近くも目立った研究が進まない中、以前から尿素を分解して二酸化炭素とアンモニアを産生する酵素ウレアーゼが、胃粘膜に発生していることはわかっていました。
そのため、塩酸が胃粘液層に侵入しないのは、アンモニアが防御的役割を果たしていると考えられるようになります。
しかし、多くの研究者が胃粘膜組織に詳しくなかったために、胃粘膜に存在する細菌と胃粘膜のウレアーゼ活性との関連性については放置されてしまいます。
その中でも1975年にスティールとコリン・ジョーンズは胃潰瘍の胃を50個を切除して、胃潰瘍の81%にらせん菌と胃炎が存在することを証明しました。
ただ、当時の研究技術ではらせん菌の培養には成功しませんでした。
その後も研究を続けたスティールは十二指腸潰瘍患者の十二指腸にみられる胃上皮化生粘膜に、らせん菌が存在することを明らかにしています。
発見された当時、慢性胃炎や胃潰瘍はもっぱらストレスだけが原因であるという説が主流でありましたが、マーシャルらは「ヘリコバクター・ピロリ菌」と名付け、これらの疾患の病原体であるという仮説を提唱しました。
これらの疾患の慢性化と胃癌の発生が関連することが、当時すでに知られていたため、この仮説はピロリ菌が癌の発生に関与する可能性を示唆するものとしても注目されましたが、当初は疑いの目を持って迎えられたとのことです。
そこでマーシャルは培養したピロリ菌を自ら飲むという自飲実験を行いました。その結果、マーシャルは急性胃炎を発症し、仮説の1つが証明されたのです。
しかし、マーシャルの胃炎は治療を行うことなく自然に治癒したため、急性胃炎以外の胃疾患との関連については証明されることはできませんでしたが、慢性の活動性胃炎が生じました。
活動性胃炎は胃粘膜が脆くなり、この状態は胃酸やストレスなど種々の外因性の影響を受けて、胃粘膜の障害が強くなっていく傾向があります。
それでもピロリ菌の除菌に成功すると、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発がほぼ抑制されることも明らかになりました。
一方、マーシャルとは別にニュージーランドの医学研究者アーサー・モリスも、同様の自飲実験を行っています。マーシャルと同様に急性胃炎を発症しただけでなく、モリスの場合は慢性胃炎への進行も認められました。
この結果、ピロリ菌が急性胃炎と慢性胃炎の原因になることが証明され、これらの疾患の慢性患者の多くからピロリ菌が分離されること、除菌治療が再発防止に有効であることも明らかになりました。
動物実験では胃癌の発生にも成功し、1994年にはIARC(国際がん研究機関)が発行しているIARC発癌性リスク一覧に発癌物質として記載されました。
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